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◆ 児神社 ◆

〜 長命・安産・縁結びが叶う 〜



▲境内には、寛朝が座禅を組む折、
 稚児がいつも腰掛けていたという
 石の椅子が残っている。

■ 児神社の由来 ■

児神社は創立年月不詳、祭神は寛朝大僧正の侍児である。
寛朝大僧正は、成田山新勝寺を開創、後にこの嵯峨広沢の地に遍照寺を建立、
名僧正として徳は一世に及ぶものなしと言われた。長徳四(998)年六月
十ニ日、大僧正示寂、伝聞ではその時、遍照寺山腹の老松から龍となり、静
かに昇天してゆくのが見えたという。残された児は、悲嘆・悲泣し、後を追
い、山腹下に広がる広沢の池に身を沈めた。近在の人々、この児を哀れと思
い、その霊を慰めんものとこの社を創建、以来児神社と称されるようになっ
た。
この社について、弘化四年末春、嵯峨青護山人の述べるところ、略記すれば、
次のごとくである。

  女人懐妊すれば、必ずこの殿神に詣で安産を願ひ且つ生まるる子
 の智恵愛敬を祈るなり。最も霊験いちじるしく昔よりこのところに
 五体健全、長命の人多きはまったく此神徳による処なり仰ぐべし尊
 ふべし。


なお、寛朝大僧正がこの広沢の池畔で座禅の折、傍らでいつも児が腰を掛け
ていたという石椅子が、境内地に移し置かれいつしか神前で一心に祈願し、
この石に座れば、必ず長命・安産・縁結びが叶うと伝えられるようになった。
まったく不思議なことである。

<アクセス方法>

 嵯峨釣殿町

   ●市バス・京都バス停「大覚寺」下車徒歩約12分



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