洛西禅苑、臨済宗正法山大本山妙心寺は、大徳寺開山大澄国師(宗峰妙超1282−1337)の
第子無相大師(関山彗玄1277−1360)が師の推薦により、花園上皇(1297−1348)の
帰依をうけて建武4年(1337)に開創し給うた名刹であるが、応仁の兵火に焼け、乱後、後土御門
天皇の勅によって雪江宗深禅師(1408−1486)が中興した。安土桃山時代以来とくに諸国武将
の帰依をうけ、禅宗七堂伽藍は整備され、山内に幾多の塔頭寺院が建立された。
桂春院もその一つで、慶長3年(1598)6月に織田信忠(織田信長の長男1557−1582)の
次男、津田秀則(1625歿)により見性院として創建され、秀則歿後、美濃の豪族、石河壱岐守源貞政
(1575−1657)が寛永9年(1632)亡父光政(1583歿)の五十年忌にあたり追善供養の
ために、桂南守仙和尚(石河光成の二男1589−1664)を請じて、現在の方丈、庫裡、書院、茶室等
の建物を完備し、両親の法名天仙守桂大禅定門の桂と裳陰妙春大姉の春の二文字をとって桂春院と
あらためられた。桂南和尚の師、心華霊明禅師(水庵宗掬1533−1612)を以って勧請開祖とする。 |
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