既白庵茶室は、書院の背後の東北隅に隠れるようにしてある。しかし書院と茶室のあいだは二重襖に
よって仕切られ、また露地庭の蹲踞も土蔵の壁に接して、樹木等でさえぎられて目立たぬようになっている。
これは昔、坐禅修行を第一義として宗風大いにふるった妙心寺では、詩歌、香道、能楽、茶道等の
芸術味をたのしむことは邪道であるとし、これに耽けるものは入牢の錠があったためである。
この茶室は寛永8年(1631)江州長浜城より書院とともに移したものとつたえる。東部を切妻造とし
出庇をつけた柿(こけら)葺の建物で、内露地からみると、深い庇のうちの右上の刀掛けがあり、
にじり口の上には連子窓があって、その上に桂南和尚の筆になる既白の額がかかげられている。
茶室の内部は茶道口が西側南寄りにあって、風炉先窓、二重の釣棚がある。
三畳に中柱を立て、台目切の炉であるから、一寸みると二畳台目席に思えるが、点前畳が本畳なので、
少しゆとりのある三畳台目切席である。床の右には縁なしの襖二枚があって、襖をあけると書院へ
出られる狭い板廊下になっている。普通は給仕口になるところであるが茶室を隠すために、昔は書籍棚
になっていたという。また天井は床前が長片天井で、点前畳上は網代の落天井、にじり口の上は
竹の掛込天井となっている。 |
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