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◆ 霊光殿 ◆



▲足利尊氏木像

「霊光殿」は、尊氏公が日頃念持仏として信仰された地蔵尊(伝弘法大師作)
を本尊として中央に、禅宗の祖師達磨大師と、等持院の開山夢窓国師の像を
左右にまつるところである。また、両側に足利歴代の将軍像(義量と義栄の
像を欠く)が徳川家康と共に安置されている。

足利歴代将軍の木像も、それぞれ薨死に造顕安置されていた筈ではあるが、
度々の災禍のために、今は後補の像になっている。江戸時代の木彫ではあっ
ても、おのずから、それぞれの人品風格を彷彿させて、霊光殿内左右両側に
安置され、訪ねる人たちに、波瀾に富んだ南北朝・室町時代の治乱と文芸興
隆に身命を賭けた忍苦の生涯を、静かに語り聞かせるかと思われる姿もある。

向かって左側の奥から、尊氏・義詮・義満・義持・義教・義勝・義政の木像
が安置してある。京都大学編「日本史辞典」の代数にしたがえば、第一代か
ら八代までのうちの、第五代義量の像が欠けている。

向かって右側の奥は、徳川家康像であるが、その隣から手前の方へ、義尚、
義稙・義澄・義晴・義輝・義昭の木像を安置している。これを、京都大学編
「日本史辞典」の代数にしたがうと、第九代の義尚、第一○・一二代重任の
義稙、第一一代の義澄、第一三代の義晴、第一四代の義輝、第一六代の義昭
の像で、第一五代の義栄の像を欠いていることになるのであるが、等持院で
は、なぜか第一○代の代数だけを抜いている。

<霊光殿内図>

本尊(中央)・・地蔵尊[伝弘法大師作]
左右・・・・・禅宗の祖師達磨大師と、
       等持院の開山夢窓国師の像

尊氏





家康

義詮

義尚

義満

義稙

義持




義澄

義教

義晴

義勝

義輝

義政

義昭
>>>入 口<<<

第九代義尚像の次に、代一○・一二代重任の義稙の像を第一一代として並べ、
第一一代義澄を第一二代にしている。そのために、第一三代義晴と第一四代
義輝とは、「日本史辞典」と同じ代数になってはいるが、第一五代の義栄を
欠いているので、第一六代であるべき義昭が第一五代にかぞえられたわけで
ある。

代数はともかくとしても、義量・義栄の二像が欠けていることは確かである。

徳川家康の木像は、家康四二歳の姿であって、厄年をまぬがれるために、厄
除け信仰で知られた石清水八幡宮護国寺境内の豊蔵坊に納めたものである。
出世頭ともいわれた東照大権現家康のこの像は、その後、除厄招福の守り本
尊とあがめられ、明治維新この方、等持院に移されて信仰をあつめている。


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